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大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)1913号 判決 1989年9月26日

原告

三村忠一

右訴訟代理人弁護士

小林勤武

三上孝孜

村本武志

國本敏子

被告

大阪京阪タクシー株式会社右代表者代表取締役 森永和彦

右訴訟代理人弁護士

古川彦二

主文

一  原告が被告の従業員たる地位を有することを確認する。

二  被告は原告に対し、毎月二〇日限り別紙賃金表(三)記載の金員及び各支払時期の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は原告に対し、別紙賃金表(二)記載の金員を支払え。

四  原告のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は被告の負担とする。

六  この判決は第二、第三項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一項と同旨。

2  被告は原告に対し、毎月二〇日限り別紙賃金表(一)記載の金員及び各支払時期から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  主文第三、第五、六項と同旨。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(1)  被告はタクシーによる旅客運送を業とする会社である。

(2)  原告は、昭和六〇年八月二三日、被告に雇用(以下、「本件雇用契約」という。)され、タクシー運転手として旅客運送業務に携わっていたものである。

2  被告は昭和六一年一一月一〇日以降原告の就労を拒否し、懲戒解雇(以下、「本件解雇」という。)したと称して原告の雇用契約上の地位を争っている。

3(1)  被告は従業員の賃金を前月の一一日から当月の一〇日までを一ケ月として毎月二〇日に支給していたが、原告に昭和六一年一一月一一日以降の賃金を支払っていない。

(2)  解雇前である昭和六一年九月ないし一一月分の原告の平均賃金は一七万七二八〇円であるところ、各年度の昇給ベースアップを加味すると、原告が支払を受けるべき毎月の給料及び夏期、年末の臨時給与は別紙賃金表(一)、(二)記載のとおりである。

4  よって、原告は被告に対し、従業員たる地位の確認を求めるとともに、本件雇用契約による報酬請求権に基づき、毎月二〇日限り別紙賃金表(一)記載の金員及びその各支払時期から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、並びに臨時給与(一時金)として別紙賃金表(二)記載の金員の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実はすべて認める。

三  抗弁

1  懲戒解雇

(一)(1) 被告は原告に対し、昭和六一年一一月二一日送達の書面により三日以内に辞表を提出するように催告し、同期間内に辞表を提出しない場合には懲戒解雇する旨の意思表示をしたが、原告は辞表を提出しなかったのであるから、同月二四日の経過により懲戒解雇の効力が生じた。

(2) 仮にそうでないとしても、被告は原告に対し、昭和六一年一二月一五日、懲戒解雇の意志表示をした。

(二) 被告が原告を懲戒解雇した経緯は次のとおりである。

(1) 原告は、昭和六一年一〇月四日午前二時頃、客を乗車させる順番をめぐって吉田泰治(以下、「吉田」という。)とトラブルを超こし、憤激の余り同人の顔面を殴打したり、足先を蹴り上げて吉田の右膝に傷害を与えたうえ、右暴行を上司に連絡した他の同僚に対しても暴力を振るいかけた。

(2) 被告の就業規則六一条は「職場の秩序を乱し、他の組合員に悪影響を及ぼしたとき(一七号)、又は他人に暴行脅迫を加えたとき(二三号)は懲戒解雇に処する。但し、情状によって論旨退職又は謹慎にとどめることができる。」と規定し、労働協約七条は「組合員の任免・解雇の大網について会社は組合と協議決定する。」と規定している。

(3) そこで、被告は原告の行為が就業規則六一条二三号に該当するとして、昭和六一年一〇月一七日、同年一一月八日の二回に渡り、労働組合と協議した結果、相手に傷害を負わせたことは許し難いが、情状を酌んで論旨退職処分とすることに合意した。

(4) しかるに、原告は右決定を無視し提出期間内に退職届を提出しなかったので、就業規則に基づいて被告は原告に対し、懲戒解雇の意思表示をしたのである。

2  損益相殺

原告は解雇期間中、シンワ自動車工業(遠藤安雄)においてミキサー運転手として嫁動し、一日当たり一万二〇〇〇円の割合で左記のとおり賃金を取得したので、それぞれ対応する期間の被告に対する賃金請求額から対当額を控除すべきである。

(1) 昭和六三年一〇月 金二万四〇〇〇円

(2) 同年一一月 金四万八〇〇〇円

(3) 同年一二月 金七万二〇〇〇円

(4) 平成元年一月 金三万六〇〇〇円

(5) 同年二月 金六万円

(6) 同年三月 金四万八〇〇〇円

(7) 同年四月 金三万六〇〇〇円

(8) 同年五月 金一万二〇〇〇円

三  抗弁に対する認否

1(一)  抗弁1(一)のうち、懲戒解雇の意思表示があったことは認め、その余の事実は否認する。

(二)  同(二)(1)のうち、原告と吉田との間で、昭和六一年一〇月四日午前二時頃、乗客を乗車させた際の順番をめぐるトラブルがあったことは認め、その余の事実は否認する。同(2)の事実は認める。同(3)の事実は知らない。同(4)の事実は認める。

2  同2の事実は認めるが法的主張は争う。

四  再抗弁(解雇権の濫用)

1  昭和六一年一〇月四日午前〇時過ぎ頃、寝屋川市大利町内のスナック「ラブ」(以下、「スナック」という。)から被告にタクシー二台の配車要請があり、被告は原告及び吉田に対し、同所に向かうように指令した。

2  原告は同日〇時三五分頃、右店舗先路上に到着したが、吉田は約五分前に先着し同スナックに客を迎えに行っていた。原告が到着してから約五分後、吉田が右スナックから客を二人案内したうえ、原告に「他の客はまだ来ないから、先に行って欲しい。」旨を述べたので、原告は二名の客を乗車させて現地を出発した。ところが、客は車内で原告に対し、「運転手さん。近くで悪いなあ。先の運転手に聞かれて行き先を伝えたら、『もう一台来るからそっちの方に乗ってくれ。』と言われて乗った。後ろのグループは藤井寺へ帰る。」旨を述べた。ここに至り、原告は先に現地に到着して客を案内してきた吉田が本来であれば先に出てきた客を乗車させるべきであるのに、近距離の客であることが分かっていたので、後から到着した原告を先発させ、吉田は後の遠方の客を乗車させたものと判断して腹を立てた。

3  ところで、複数のタクシーの配車要請がある場合に依頼者側の指示がなければ、先に現場へ到着した車両から順番に客を乗車させるというのが運転手のルールである。これは、タクシー会社の運転手の賃金は水揚げ高による歩合給を基本とする能率給であるため、これに直結する遠距離・近距離等の客の振分は業務上重要・関心事項であり、先着順に客を送るという右ルールは走行距離が長く、収入の多い客を取り合いするというトラブルを防止するためのものである。しかるに、吉田は右ルールに反して自己の利益を図ったもので、信義に反する行為であった(少なくとも原告が信義に反する行為をしたと見られても無理からぬ状況であった。)。

4  そこで、原告は営業所に同日二時過ぎに戻り、暫くして戻った吉田に真相を確認すべく日報の提示を求めたが、吉田は沈黙したままであった。原告はやや興奮し、片方の平手で軽く一回吉田の右頬を叩き、右足で吉田の右ズボンの裾辺りを軽く蹴り、二センチメートル程度の内出血の傷害を負わせた(ちなみに、吉田が血友病であることは原告は全く知らなかった。)。その場は吉田も自己の非を認めて陳謝したので双方了解して収まった。かように、原告は吉田に対し、被告主張の態様で暴行を加えておらず、受傷したとしても極めて軽微であるし、吉田の信義に反した行為に起因するから、原告が憤慨したことには相当の理由がある。

5  加えて、被告においては、従業員同士あるいは乗客とのトラブルにより暴力事件が生じたことがある。その中で懲戒解雇処分は二件あるが、殺人事件や社内でシャベルをもって襲いかかったという事件に過ぎない。他の傷害事件については被告は業務外とか暴力事件ではないとして処理し乗務停止処分に過ぎないのに、本件は原告の弁明を十分聞かず、吉田が原告を告訴したこともって暴力事件と決めつけ、懲戒解雇に処したものである。

6  のみならず、被告は原告に対し、本件事件について報告書の提出を求めた以外には事情聴取もしていないのであるから、実質的な聴問手続の保障がない。仮に、被告が原告から事情聴取をしていれば、原告の暴行したとされる部位程度と、吉田の傷害の部位程度が異なることは容易に判断できた。結局、組合自体も被告と癒着し、原告が従前、組合に同調的ではなく、反主流的立場(役員選挙でも反対派)の労働者であったために原告を救済しようとせず、労使が慣れ合って形式的な協議をし原告の解雇を図ったものである。

7  以上の次第であるから、被告の行った原告の本件非行を原因とする本件解雇は不当に重いものであるうえ、手続的にも不十分であり、不純な意図に基づくものであるから、客観性、公平性を欠き解雇権の濫用として無効である。

五  再抗弁に対する認否及び主張

(認否)

1 再抗弁1の事実は認める。

2 同2のうち、吉田が先に来た客を原告車両に乗せ、後からきた客を自車に乗せたことは認め、その余の事実は否認する。

3 同3(1)の事実は一応のルールになっていることは認め、その余の事実は否認する。右ルールは具体的状況によっては異なった順序をとることもある。

4 同4のうち、原告は、営業所に同日二時過ぎに到着し、その後暫くして吉田が戻ったこと、原告が吉田を問い詰めたこと、頬を叩いたこと及び吉田が原告に対し陳謝したことは認め、その余の事実は否認する。

5 同5の事実は否認ないし争う。

6 同6の事実は否認する。

7 同7は争う。

(主張)

1 吉田は、東西に走るバス通りから辻を南進しスナック前で停車したところ、スナックより出てきた男性客から「もう一台来たら知らせてくれ。」と言われた。その際、吉田は右客が遠方まで乗車することを知ったが、先に出てきた客なので先に到着した自分が同人を乗車させるものと考え、徒歩で表通りに出て待機していた。やがて原告車が到着しバス道りに停車したので、吉田は再度スナックへその旨を告げに行ったところ、吉田車の後方から乗用車が進行して来たので道路状況の関係で吉田車もバス通りへ出なければならないことになり、原告車に少し前進してもらってバス通りに出た結果、バス通りで西向きで原告車、吉田車の順に並ぶことになった。そして、吉田は三度スナックへ連絡に行ったところ、前記客が後からスナックより出てきた二人の男性客にチケットを渡し、吉田はこの二人を原告車まで案内し、原告車は右二名を乗車させて出発した。かように最初にスナックから出てきた客が遠方の客であったうえ、自車が原告車の後に停車していたため、吉田が遠方の客を乗車させたのであるから、先に現場に到着した車両から順次客を乗車させるルールに固執することは不適当であり、むしろ吉田の行動は状況判断としては正しかった。

2 ところが、原告は吉田が営業所に戻るや口汚く反論する余地もない程激しく怒鳴りつけたうえ、吉田の顔を二度殴打し足蹴りにした。もし、血友病に羅患している吉田が足蹴りをまともに受けたならば大変な結果になるところであった。原告も当然吉田の右疾病を知っていたのであるから、吉田の足を狙って足蹴りにしたことは違法性が高いうえ、原告は右暴力を上司に連絡した他の同僚に対しても暴力を振るおうとした。仮に、吉田に信義に反するルール違反があるなら、被告に訴えて質すべきであって、暴力は理由のいかんを問わず絶対に許されず、動機は手段を正当化するものではない。

3 しかして、被告は、吉田の行為については右規則一七号に、原告の行為は二三号に該当するとして、昭和六一年一〇月一七日、同年一一月八日の二回に渡り、労働協約に基づき労働組合と協議したところ、原告については<1>原告の暴力は到底やむを得ない事情によるとはいえないし、暴力で問題を解決する態度や相手に傷害を負わせたことは許し難いこと、<2>労働組合側からは職場内での暴力を容認するようでは安心して働けないとの意見が強かったこと、<3>暴力否定はタクシーの安全運転・サービス向上に資するものであること等の事情により論旨退職処分(辞表の提出を勧告し退職金の全額又は一部を支給するものであるが、勧告に応じないときには懲戒解雇に処するというものである。)にしたものである。しかるに、原告は右決定を無視し提出期間内に退職届を提出しなかったので、前記のとおり規則に基づいて被告は原告に対し、懲戒解雇の意思表示をしたのである(吉田については、<1>原告の暴力に対し、無抵抗で、素直に自己の非を認めて陳謝したこと、<2>吉田は自己の非を認めたものの、前記のとおり吉田の行為は不当ではなく正当であったこと、<3>吉田は原告の暴行により受傷しており被害者であること等に照らして処分せず、原告の暴行傷害により休業した補償につき公傷見舞金支給規定を適用するということで合意に達した。)。

4 なお、被告の従業員の暴力事件に対する処分は、何れも暴力事件としては軽微なものであるのに対し、本件は足蹴りという従来の胸ぐらを掴んで押すという態度とは著しく異なった攻撃的かつ危険なものであり、現に傷害が発生しているのである。したがって、本件処分は先例に比較しても社会状況に照らしても決して重きに失するものではないし、不相当でもなく、慎重な手続きを経て行われたものである。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因事実はすべて当事者間に争いがなく、(証拠略)を総合すれば、抗弁1(一)(2)の事実が認められ、これに反する証拠はない。

二  被告は原告に対する懲戒解雇が有効である旨を主張し、被告は解雇権の濫用であるとして争うので検討する。

当事者間に争いのない事実と(証拠略)、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨並びに右一認定の事実を総合すれば、次の事実を認めることができる。

1  吉田は昭和六一年一〇月四日午前〇時過ぎ頃、被告営業所の無線連絡による指示を受けて被告のタクシー(吉田車)を運転し、大阪府寝屋川市内のスナックへ客を迎えに行き、同スナック付近北側の東西に走るバス通りからバックで辻を南進しスナック前で停車したところ、同スナックから配車を依頼した男性客と女子従業員が出てきた。そして、吉田は女子従業員から「二台揃ったらもう一度連絡して欲しい。」旨の指示を受け、その際、右男性客が遠方まで乗車することを知ったが、先にスナックから出てきた客なので、先に到着した吉田が右客を乗車させるものと考えた。他方、原告も右同様の無線連絡による指示を受けて被告のタクシー(原告車)を運転し、右バス通りに到着したところ、吉田車の後方から乗用車がバス通りに向けて進行して来たので、吉田車も道路幅の関係でバス通りへ出る必要が生じた。そこで、吉田は原告に対し、バス通りで停車するように合図し、続いて吉田車もバス通りに出た結果、二台の車両はバス通りで西向きに原告車、吉田車の順に並ぶことになった。

2  しかして、吉田はスナックへ乗車準備ができた旨を連絡したところ、前記男性客は後から出てきた男性客二名にタクシーの乗車チケットを手渡し、右男性客二名が先にタクシーに向かって歩き始めたので、吉田は右男性客二名を原告車まで案内し、原告に「チケットのお客さんなので、悪いけれど先に送って欲しい。」旨を依頼した。そこで、原告はこれを了解して二名を乗車させて現場を先発し、客の指示で同市内の京阪の萱島駅に向かった。ところが、車中で右男性客二名は原告に対し、「後の車の友人は河内長野か国分へ帰りよる奴や。わしら近所で悪かったな。」と何回も言った。

3  ところで、タクシー運転手の間では、複数のタクシーが同一現場に到着し、行先の異なる複数の客を乗車させる場合、到着した順に乗車させるというルールがあり、現場への到着順を無視し、殊更、高収益となる遠方の客を自車に乗車させ、近距離の客を他車に乗車させる行為は原則として禁止されていた。そこで、原告は客の右話を聞き、原告よりも先にスナックに到着した吉田が最初にスナックから出てきた客(原告は最初にタクシーに乗車した男性客二名が最初にスナックから出てきた者であると考えた。)を乗車させるべきであるのに、その客が近距離の客であることを知っていたので、殊更原告車を先に出発させ、遠方の客を吉田車に乗車させたものと思い込んで腹を立てた。

4  原告は乗車勤務を終了して枚方市内の被告桑ケ谷営業所に戻り、洗車をしていたところ、昭和六一年一〇月四日、午前二時三〇分頃、吉田も同営業所に戻った。そこで、原告は吉田に同人の運転経路を確認しようと考え、「自分一人で遠方に行きやがって。われなめたらあかんど。」と怒鳴り、前記スナックから乗車した客に関する日報の呈示を求めたが吉田は拒否した。これに対し、原告と原告から事情を聞いていた同僚の福永は吉田を更に詰問したが、吉田が右要求に応じなかったため、原告は吉田の態度を横柄であると感じて憤激し、手加減しつつも平手で吉田の左右の頬を一回ずつ叩き、右足で吉田に対し足払をしたところ、右靴(スニーカー)が吉田の右膝内側付近に当たり、吉田に右膝打撲等の加療二週間の傷害を与えた。その際、吉田は原告らの態度に恐怖感を抱いて陳謝したが、同僚の佐々木に事情を話して班長への報告を依頼したところ、原告は興奮して佐々木に関係ないとして怒鳴った。なお、吉田は身体障害者四級であり、かつ血友病であったが、原告は吉田が血友病であることを知らなかった。

5  その後、原告と吉田は本件トラブルを知った班長等の仲介により、同日午後三時頃、同営業所において同僚の村田、福永も同席し、本件トラブル解決の話し合いをしたところ、双方ともお互いに陳謝した。その後、吉田は車庫において午前三時から午後五時頃まで自己、同僚の車両三台の洗車(アルバイト)を行い、事務所の仮眠室で昼頃まで就寝した後帰宅したが、この間、吉田は膝の前記負傷箇所を確認しようとさえせず、負傷を知ったのは帰宅後の同日午後八時頃であった。また、同日、原告は自己の上司である班長に本件トラブルを報告するとともに、右膝付近に約二センチメートルの内出血があったことから、前記疾病を配慮して医師の診察を受け、その際、血友病である旨を告げたところ、最終的に約二週間の安静加療を要するとの診断があった。しかして、吉田は同月五日欠勤し、同月六日枚方警察署に傷害罪で原告を刑事告訴した。

6  一方、被告は、同年一〇月六日、組合の副委員長等が被告に本件トラブルを報告し、吉田の本件受傷につき公傷扱いを依頼してきたことから本件トラブルを知った。そこで、被告は長野、向井両課長をして同日吉田から、両課長、善家部長をして同月八日原告から各々事情聴取をし報告書を提出させ、同僚の福永、村田等からも事情聴取した結果、原告については暴力行為、吉田については職場規律を乱したことにより就業規則所定の懲戒解雇に相当するとの判断をなし、同月一六日、労働協約七条の解雇協議約款に基づき大阪京阪タクシー労働組合(執行委員長永田伝八、以下、組合という。)に対し、「無線配車に関するトラブルから吉田に傷害を負わせた原告の行為は就業規則六一条二三号に、自車が先頭車であるのに後から配車された原告に近距離客と知りながら先の客を輸送させ、自らは後から出てきた遠距離客を輸送し、トラブルの原因を作った吉田の行為は同僚の批判を招き社内の秩序を乱す行為であるから右規則同条一七号に各抵触する。」として協議を申入れた。そして、被告は組合に対し、同月一七日の第一回労使協議会(組合は委員長以下組合三役、執行委員全員、被告は社長、常務、部長、課長等で構成)の席上、両名につき懲戒解雇が相当であるとの提案を行ったところ、組合側は吉田は被害者、原告は加害者であるから、別々の申入書で検討すべき旨を提案したので、被告もこれを承諾し労使双方調査のうえ改めて協議することになったが、組合は終始原告から事情聴取をしなかった。

7  その後、同年一〇月下旬頃、被告桑ケ谷営業所内に原告と吉田の懲戒解雇に関する貼紙が掲示されていたことから、両名は班長松崎、同僚萩野の仲介により、一〇月三〇日、松崎宅において吉田の妻、右松崎、萩野、同僚村井の同席のもとで関係修復のための話し合いをもち、更に吉田の提案で喫茶店において両名だけで話し合った結果、吉田が告訴は真意ではなかった旨を述べたことから改めて仲直りして松崎等に報告した。そして、原告は同年一一月一日、両名の間で円満解決したことや陳謝の意を込めて吉田に菓子箱を手渡した。

8  かような経過を辿り、同年一一月八日の第二回労使協議の結果、吉田については、最初にスナックから出てきた客(遠距離)を駐車しているタクシーまで案内する間に、後から出てきた客(近距離)が途中で吉田らを追い越して駐車場所に到着したに過ぎないから、最初の客を自車に、後の客を原告車にそれぞれ乗車させた吉田の処置は不当とはいえず、しかも吉田は謝罪しているうえ、原告の暴行により負傷した被害者であるから不処分が相当であること(その後、吉田は同規定の適用を受け公傷見舞金の支給も受けた。)、原告については、左右の頬を殴打し足蹴りという攻撃的な行為により吉田に傷害を与え、原告の暴行を組合役員に連絡した同僚にも暴力を振るいかけたこと、職場内において暴力で問題を解決する態度は許容できず、原告の行為は過去の事例とは異質のものであるから処分はやむを得ないが、再就職を考慮し論旨退職にする旨の協議が成立した。ちなみに、第二回目の労使協議の際、被告は原告と吉田が仲直りし、和解した事実を知らなかったのみならず、組合側も協議の席上でも話題にしなかった。

9  そこで、被告は組合に対し、同月一〇日付で原告を同日をもって論旨退職を命ずることを通知し、同月二一日付原告到達の同月一二日付内容証明郵便により、本件吉田に対する傷害行為は就業規則六一条二三号の懲戒解雇に該当するところ、情状を酌んで論旨退職とするが、同書面送達後三日以内に同勧告に応ぜず辞表を提出しない場合には同規則五八条四号により懲戒解雇をすることを通知した。しかるに、原告が同期間内に辞表を提出しなかったので、被告は原告に対し、同年一二月一五日送達の同月八日付内容証明郵便で懲戒解雇の意思表示をした。

以上の事実が認められ、前掲証拠中、右認定に抵触する部分は措信することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  しかして、吉田が前記タクシー仲間のルールに客観的に違反したか否かは別として、右認定事実によれば、原告が無抵抗の吉田に対し暴行を加えた行為は非難を免れないうえ、被告は真相を究明すべく原告を含む関係者から事情を聴取し、労働協約に基づき組合と協議した結果、原告の再就職に配慮して懲戒解雇から論旨解雇へ処分を軽減したのに原告がこれに応じなかったので改めて懲戒解雇したことが認められるけれども、他方、原告が乗客の言葉や吉田の対応等に照らし、吉田が前記タクシー仲間の乗車ルールに違反し、信義に反する行為を行ったと判断したことには相当の理由があり動機において同情すべき点があること、原告は吉田の疾病につき善意であったうえ暴行等は突発的なものであり、しかも暴行等の部位は身体の枢要部ではなく、その程度も経微であって(約二週間の安静加療を要するとの診断は原告の前記特異体質に配慮したためであると推認される。)、態様も社会的相当性を著しく逸脱したものではないこと、原告と吉田は相互に陳謝し第三者の立会いで仲直りしたが、被告は同事実を知らないまま懲戒解雇をしたこと等の事実が認められ、これに原告の従前の処分歴等が本件全資料によっても窺えないことを併せ考えると、被告が原告に対し、懲戒解雇をもって臨むことは苛酷に過ぎ社会的に相当なものとして是認することはできないから、本件懲戒解雇は解雇権の濫用として無効であると言わねばならない。

四  未払賃金請求権について

前記説示のとおり原告が被告の就労を拒否した期間中の原告の未払賃金総額は別紙賃金表(一)、(二)記載のとおりであるところ、被告は原告の取得した解雇期間中の取得利益を損益相殺(民法五三六条二項)すべきである旨(抗弁2)を主張するので検討する。

労働者が解雇期間中に他の職について収入(以下、「中間利益」という。)を得た場合、使用者は民法五三六条二項により右利益を賃金から控除することができるが、その六割に達するまでの部分は利益控除の対象とすることが禁止されている(労働基準法二六条参照)から、中間利益の控除は平均賃金の四割が限度であると解するのが相当である。

これを本件についてみるに、原告が解雇期間中にシンワ自動車工業においてミキサー運転手として稼働し、抗弁2記載のとおり中間利益を取得したことは当事者間に争いがないところ、右各月の利益は昭和六三年一〇月から平成元年五月までに対応する賃金表(一)記載の賃金(平均賃金額)の四割を著しく下回る金額であることが明らかであるから、各中間利益に相当する時期の賃金からそれぞれ控除すると別紙賃金表(三)記載のとおりである。

五  以上の次第であるから、原告の本訴請求は被告に対する従業員たる地位を有することの確認請求と別紙賃金表(三)記載の金員(支払期日は毎月二〇日限り)及び各支払時期の翌日である毎月二一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、並びに臨時給与(一時金)として別紙賃金表(二)記載の金員の各支払請求の限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 市村弘)

(別紙) 賃金表(一)

(1) 昭和六一年一一月一一日から同六二年五月一〇日まで 月金一七万七二八〇円

(2) 同六二年五月一一日から同六三年五月一〇日まで 月金一七万八八八〇円

(3) 同六三年五月一一日から本件判決確定まで 月金一八万〇五八〇円

賃金表(二)(臨時給与)

(1) 昭和六一年年末(一・四か月分) 金二四万八一九二円

(2) 同六二年夏期(一・一か月) 金一九万五〇〇八円

(3) 同年年末(一・四か月) 金二五万〇四三二円

(4) 同六三年夏期(一・二か月) 金二一万六六九六円

(5) 同年年末(一・四か月) 金二五万二八一二円

(6) 平成元年夏期(一・一か月) 金一九万八六三八円

合計 金一三六万一七七八円

賃金表(三)(損益相殺後の賃金)

(1) 昭和六一年一一月一一日から同六二年五月一〇日まで 月金一七万七二八〇円

(2) 同六二年五月一一日から同六三年五月一〇日まで 月金一七万八八八〇円

(3) 同六三年五月一一日から同年九月一〇(ママ)まで 月金一八万〇五八〇円

(4) 左記賃金はいずれも前月一一日から当月一〇(ママ)まで

同六三年一〇月分 月金一五万六五八〇円

同年一一月分 月金一三万二五八〇円

同年一二月分 月金一〇万八五八〇円

平成元年一月分 月金一四万四五八〇円

同年二月分 月金一二万〇五八〇円

同年三月分 月金一三万二五八〇円

同年四月分 月金一四万四五八〇円

同年五月分 月金一六万八五八〇円

(5) 平成元年五月一一日から本件判決確定まで 月金一八万〇五八〇円

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